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大阪高等裁判所 昭和40年(ネ)972号 判決 1968年3月27日

控訴人(附帯被控訴人)

大阪マツダ販売株式会社

右代表者

川井信次郎

控訴人(附帯被控訴人)

池田昭夫

右両名訴訟代理人

関田政雄

右同

福村武雄

右訴訟復代理人

藤野季雄

被控訴人(附帯控訴人)

西畑隆夫

被控訴人

西畑玲子

右両名訴訟代理人

山本寅之助

右同

芝康司

主文

一、本件控訴、附帯控訴および被控訴人(附帯控訴人)西畑隆夫が当審で新たに拡張した請求に基づき原判決中被控訴人(附帯控訴人)西畑隆夫に関する部分を次のとおり変更する。

控訴人(附帯被控訴人)らは被控訴人(附帯控訴人)西畑隆夫に対し、各自金一三一万九、八五〇円およびうち金九四万八、八一八円に対する昭和三九年二月七日以降、うち金三七万一、〇三二円に対する昭和四一年二月三日以降各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人(附帯控訴人)西畑隆夫のその余の請求を棄却する。

二、原判決中被控訴人西畑玲子に関する部分を取り消す。被控訴人西畑玲子の請求を棄却する。

三、訴訟費用のうち控訴人(附帯被控訴人)らと被控訴人(附帯控訴人)西畑隆夫の間に生じたものは第一、二審を通じてこれを二分し、その一を控訴人(附帯被控訴人)らの連帯負担とし、その一を被控訴人(附帯控訴人)西畑隆夫の負担とし、控訴人らと被控訴人西畑玲子の間に生じたものは同被控訴人の負担とする。

四、この判決は主文第一項の金員の支払いを命じた部分に限り、仮に執行することができる。

事実

被控訴代理人の陳述<前略>

四、本件交通事故における控訴人池田昭夫の過失について

(一)  控訴人池田昭夫は狭い南北道路から市電軌道のある広い東西道路を右折西進しようとして交差点に進入した際、折柄、東西道路を西から東進しようとした被控訴人西畑隆夫運転の原付自転車に接触して本件交通事故を惹起したものである。控訴人池田昭夫は東西道路を左折するとき以上に東進する車に注意し安全を確認して交差点に進入すべき注意義務があつたにもかかわらず、後続車のクラクションに気をとられ、東進する被控訴人西畑隆夫の車の進行に注意することなく、左右の確認を怠り交差点に進入したため、本件事故を惹起したものである。本件事故はあげて控訴人池田昭夫の過失に基づくものである。

(二)  控訴人らは、控訴人池田昭夫が本件交差点に先に進入しているのであるから、他の道路から進行する被控訴人西畑隆夫はその進行を妨害することなく、停止するか徐行しなければならないのに、これを怠り控訴人池田の運転する車に接触して本件事故を惹起した旨主張する。しかし、本件事故は控訴人池田昭夫が交差点に入ろうとして、優先順位の車輛である被控訴人西畑隆夫の車を無視してその進行を妨げたため発生したものである(道交法三五条二項参照)。

(三)  また、控訴人らは、信頼の原則により本件事故については控訴人池田昭夫に過失はなく、被控訴人西畑隆夫に重大な過失があると主張する。しかし、本件事故は、控訴人池田昭夫が非優先道路、しかも見透しの悪い交差点を優先車の進行に注意せず、後続車のクラクションに気をとられ、不注意にも進行した結果惹起したものであつて、いわゆる信頼の原則を主張できる関係にないのである。被控訴人らは、交差点の同時進入を主張するものであるが、仮にそうでないとしても、被控訴人西畑隆夫は交差点を直進しようとしていたのであるから、控訴人池田昭夫はその進行を妨げてはならないのであつて(道交法三七条一項参照)、信頼の原則により無過失を主張するのは明らかに失当である。また、道交法三六条三項の場合を想定しても同様である。

五、被控訴人西畑玲子の慰藉料について

本件交通事故によつて、夫である被控訴人西畑隆夫の受けた傷害は脳底骨折の頭部外傷であつて、入院治療期間こそ三ケ月余であるが、事故当時は瀕死の重傷で死生の境をさまよつている病状であり、しかも当時被控訴人西畑玲子は分娩期にあつたので、夫の傷害についてはその死にまさる精神的苦痛を受けているのである。それのみでなく、退院後現在まで後遺症のため夫の健康と生活についての不安による苦痛は妻として夫の生命が侵害された場合に比し決して劣るものでなく、この苦痛を被控訴人西畑玲子は生涯受け続けなければならない。したがつて、被控訴人西畑玲子は被害者である夫が生命を害された場合にも比肩すべき、または右場合に比して著しく劣らない程度の精神上の苦痛を受けているのであるから、自己の権利として慰藉料を請求できる筋合である。

控訴人ら代理人の陳述

一、<略>

二、本件交通事故における過失の所在について

(一) 本件交通事故について特記すべき事項はおよそ次のとおりである。すなわち、(1)控訴人池田昭夫の車と被控訴人西畑隆夫の車の衝突個所は、前者の車の右前部と後者の車の前輪附近(前フォークの左側)である。(2)右衝突時における被控訴人西畑隆夫の位置は広い道路(東西に至る道路)の歩道の南端より3.8メートルの車道中央地点である。(3)控訴人池田昭夫の車は広い道路に出る前に一たん停止し、時速六キロで前進した。これはほとんど歩行程度である。(4)実況見分調書によれば、スリップ痕、血痕、その他特記事項なしとある。これは控訴人池田昭夫の車が時速六キロの歩行程度の緩速であつたから、ブレーキをかけると同時に停車したが、被控訴人西畑隆夫の車はブレーキをかけなかつたことを意味する。(5)被控訴人西畑隆夫の車は衝突個所より東方約六メートルの地点にはねとばされている。このことは被控訴人西畑隆夫の速度が相当のスピードであつたことを推認させる。以上(1)ないし(5)のとおりであつて、これは控訴人池田昭夫の車が被控訴人西畑隆夫の車をはねとばしたというよりも、すぐ停車した控訴人池田昭夫の車に被控訴人西畑隆夫が猛烈なスピードで突き当り、自己の速度のためにはねとんだ、とみるべきである。

(二) 右事実関係をさらに詳細に検討すると次のとおりとなる。すなわち、(1)控訴人池田昭夫の車は広い道路に出る前に一たん停止し、広路を東進する自動車の一団が通過し、右方から来る車のないことを認めて徐行して広路に進行し、軌道までの中間近くまで進んだ。そして軌道までの約半分まで進んで右方を見たとき、被控訴人西畑隆夫の車はなお一〇メートルないし一二メートル右方にあつた。(2)被控訴人西畑隆夫の車を発見したので、直ちにブレーキをふみ停車した。これは「危険を感じたときは先づ停車すべし」との原則と広路直進車を妨げまいとする配慮に基づくものである。右(1)(2)の範囲において、控訴人池田昭夫は道路交通法三六条を遵守していて何らの法規違反もない。(3)一団の通過車より遅れて東進する被控訴人西畑隆夫は、直進しているのであるから、もし前方注意義務を守つていれば、歩行程度で前進する控訴人池田昭夫の車を発見できねばならず、もし発見しなかつたとすれば、それこそ自動車等の運転者としての注意義務を怠つたものといわなければならない。(4)既に交差点において車体のほとんどをあらわしている自動車のある場合(この場合既に交差点に入つている自動車となる)、他の自動車等(本件の場合では被控訴人西畑隆夫の車)はその進行を妨げてはならないとするのが道路交通法三五条の規定である。狭い道路から広い道路に出るときは、その車には道交法三六条二項の徐行義務が課せられているが、その徐行車が既に交差点に入つたとすれば、広路走行車といえども、この進行を妨げてはならず、したがつて停止する義務があるわけである(道交法三五条)。単に広路優先の一観念にとらわれて、狭い道から広路に進入している自動車を無視して、これを突破せんとすることは、危険であるのみならず、道交法三五条の規定を忘れたものである。(5)被控訴人西畑隆夫が、時速六キロの速度で軌道までの半分まで徐行し進行してきた控訴人池田昭夫の車の存在を無視して、停止の処置をとらなかつたとすれば、道交法三五条に違反したものであり、もし、控訴人池田昭夫の車に気がつかなかつたとすれば、被控訴人西畑隆夫には重大な過失があつたといわなければならない。以上のとおり本件交通事故は、被控訴人西畑隆夫の過失に基づくものであつて、控訴人池田昭夫の過失に基づくものではない。

(三) 被控訴人らは、しきりに控訴人池田昭夫が一たん停車し、広路の東進車の通過を待つているうち、後に停つていた後続追従車からクラクションを吹鳴されたので、ズルズルと不注意にも進出して本件交通事故を惹起したと主張する。しかしながら、控訴人池田昭夫の車と被控訴人西畑隆夫の車との位置関係、控訴人池田昭夫の速度等を総合すると、本件交通事故は、控訴人池田昭夫の不注意によつて惹起したものではなく、被控訴人西畑隆夫の重大な不注意によつて惹起したものであることが明らかである。すくなくとも、いわゆる信頼の原則により、この際の控訴人池田昭夫には、被控訴人西畑隆夫の原付自転車がぶつかつてくるかも知れないと考えて右方を注意すべき義務はないのであるから、本件交通事故は控訴人池田昭夫の責任ではない。すなわち、控訴人池田昭夫の車が通行中の横断道路の幅員八メートル。被控訴人西畑隆夫の通行していた広路の幅員は、歩道を含めて21.9メートルであり、歩道の各幅員三メートルであるから、車道の幅員は15.9メートル、そのうち、市電軌道の幅員は六メートルであるから、広路の中心線から歩道の端までの幅は7.95メートル、軌道の端から歩道の端までの幅が4.95メートルあつたのである。この道路上で、控訴人池田昭夫の車が最後に止つた位置は、歩道の端から2.1メートルであるから、控訴人池田昭夫の車の前端と軌道の端(北側)との間は2.9メートルあつたことになる。(なお、控訴人池田昭夫の車の大きさは、幅1.3メートル、長さ三メートルであるから、その後部一メートルが歩道にかかつて、二メートルほとんどが広路に進出する)。この時、被控訴人西畑隆夫は歩道の端から2.1メートルの線上を東進していた。もし、この位置関係を幾何学的、物理的に観察するならば、被控訴人西畑隆夫は控訴人池田昭夫の車の前方を無事横切ることができたはずである。控訴人池田昭夫の車の前部と道路の中央との間は5.95メートルあり、軌道の端との間でも2.9メートルあつたのであるから、通常の自動車等の運転者としての能力と注意とを以て対処するならば、極めて簡単な操作と配慮で、被控訴人西畑隆夫は安全に控訴人池田昭夫の車の前を横切ることができたはずである。しかるに、被控訴人西畑隆夫は不注意にも一群の自動車におくれているところから、相当なスピードで猛進し、直進線上の前方に進入横断車(控訴人池田昭夫の車)があるのを発見できず、あつという間にその右前部に衝突したのである。したがつて、本件交通事故は被控訴人西畑隆夫の重大な不注意によるものである。そして控訴人池田昭夫は当時広路を右折西進しようとしたのであるから、左方に注意を向けなければならず(何となれば、西進してくる車にも注意しなければならないのみならず、西進車が右折してきて横断路に北進してくることがあるからである)、その間、右方から東進してくる車は、その進行前面に控訴人池田昭夫の車を直視しうるはずであるから、東進車は衝突の危険をさけ、安全を守るために、当然、減速、停車、その他適宜の処置をとつてくれると信頼するのが当然であつて、いわゆる信頼の原則により、この際の控訴人池田昭夫には、被控訴人西畑隆夫の原付自転車がぶつかつてくるかも知れないと考えて右方を注意すべき義務はないのである。

三、被控訴人西畑玲子の慰藉料請求について

第三者の不法行為により、身体を害されたものの配偶者および子は、そのために、被害者が生命を害された場合に比肩すべき、または、右に比して著しく劣らない程度の精神上の苦痛を受けたときに限り、自己の権利として、慰藉料を請求できるものと解すべきであつて(最高裁昭和三三年八月五日、昭和三九年一月二四日、昭和四二年六月一三日各判決参照)、被控訴人西畑隆夫の受傷および後遺症の程度では、いまだ被控訴人西畑玲子は自己の権利として慰藉料を請求できる程度の精神上の苦痛を受けたものとは認められない。

証拠関係 <省略>

理由

一、昭和三八年五月一七日午後一時二〇分頃、大阪市浪速区日本橋東五丁目一一四番地先国道二五号線路上において、被控訴人西畑隆夫の運転していた第一種原動機付自転車ホンダカブ号と控訴人池田昭夫の操縦していたマツダクーペ六一年式軽四輪自動車(八大い三八一七号)とが衝突し、被控訴人西畑隆夫がその場に転倒したことは当事者間に争いがない。そして、<証拠略>によれば次の事実が認められる。

被控訴人西畑隆夫は右事故直後手島病院において治療を受けたが、同病院では右事故により頭部挫傷、脳内出血の疑い、顔面挫傷、左耳介挫創、左顔神経麻痺、左肩胛部挫傷、左前胸部挫傷、左前九、一〇肋骨亀裂骨折、左胸脊挫傷および腰部挫傷の傷害を負つたものと診断した。被控訴人西畑隆夫は本件事故当日から同年八月三〇日まで右病院において入院、治療を受けたが、同病院における医師の診断内容に信頼をおくことができないということを理由として、同病院を任意退院し、同年九月四日大阪赤十字病院において診察を受けた。同病院では、頭部外傷第三型後遺症(頭蓋底骨骨折)、左顔面神経麻痺(末梢性)の病名のもとに被控訴人西畑隆夫を同日から同年一一月一八日まで診療し、その間同年九月一二日から同月二〇日まで同病院に入院せしめ、諸検査を行なつた結果、頭蓋底骨骨折の存在は確実であつて、その後遺状態として、左側難聴および左側顔面神経末梢性不全麻痺が認められるけれども、他に神経学的異常は認められず、診療は昭和三八年一一月一八日をもつて一応終了したものとして扱い、昭和四〇年三月二三日さらに診断した結果、右後遺状態については今後特別の治療は要しないものと診断した。しかるに被控訴人西畑隆夫は現在に至るも頭痛、疲労感等を訴え、大阪赤十字病院でかねて投薬を受けていた同種薬品(アリナミン、コントール等)を購入して自己治療を行なつている状態である。以上のとおり認められる。すなわち、被控訴人西畑隆夫は本件事故により手島病院における前記診断のような各種傷害を受けたが、特に重要な傷害として頭蓋底骨骨折を受け、その後遺状態として左側難聴および左側顔面神経末梢性不全麻痺の存在が認められるのである。

二そこで右事故について控訴人池田昭夫に過失が存したかどうかについて判断する。<証拠略>を総合すれば次の事実が認められる。すなわち、控訴人池田昭夫は、控訴会社の業務命令により、大阪市浪速区恵美須町に在る近畿電気株式会社に赴くため、前記自動車を運転して、同市浪速区西円手町一、〇一二番地所在の控訴会社営業所を発進し、同市同区恵美須町交差点を経て、前記事故現場附近に差しかかつた。本件事故現場附近は、東西道路(被控訴人西畑隆夫の車が進行した道路)と南北道路(控訴人池田昭夫の車が進行した道路)とが直角に交わる交差点であつて、東西道路は一級国道で幅員21.9メートル(両側に幅員各三メートルの歩道がある)、中央に幅員6.1メートルの市電軌道敷があり、南北道路は幅員八メートルで特に南入する交差点附近は東西の歩道の端にはさまれ五メートルに狭くなつている。したがつて、東西道路の方が南北道路よりも数倍も広い。しかも東西道路は直線路であつて、特にその西方において何らの障害物もなく、見透しは良い。本件事故現場附近は市電軌道敷の石畳を除いてはアスファルト舗装であつて、事故時は雨上りの曇天で路面は湿つていた。本件事故の発生した右交差点は警察官の手信号等による交通整理は行なわれておらず、信号標識の設置もなかつた。控訴人池田昭夫は本件交差点を右折西進しようとして、その交差点内を歩道わきまで進出して一たん停車し、約一分間東方に繁く進行する一群をなす車の列の通過を待つていた。その時、被控訴人西畑隆夫は右一群をなす車の列からおくれて前記自転車を運転して東西道路をその道路の北端沿いからは5.1メートル、その歩道沿いからは2.1メートルの間隔を保持して時速約四〇キロの速度で本件事故現場たる交差点に向つて東進していた。控訴人池田昭夫は、東西道路を一群となつて連続東進中の車の列が面前で一たんとぎれるとともに、たまたまその時、直後に停つていた後続追従車(普通トラック)からクラクションを二、三度鳴らされて進行を促されたので、本件交差点を右折西進するため、時速約六キロの速度で北から南に向つて右交差点内に前進進入した。控訴人池田昭夫が最初の停車位置から3.8メートル近く本件交差点内に進入した瞬間、控訴人池田昭夫はその東西道路の右方約一〇メートルないし一二メートルの地点に交差点に向つて東進する被控訴人西畑隆夫の運転する原付自転車をはじめて発見し、危険を感じ、急停車の措置をとつた。しかし、被控訴人西畑隆夫がそのままの速度で東進を続けたため、控訴人池田昭夫の急停車の措置も間に合わず、被控訴人西畑隆夫運転の前記自転車の前輪附近と控訴人池田昭夫運転の前記自動車の右前部とが衝突した。衝突と同時に控訴人池田昭夫運転の自動車は最初の停車位置から3.8メートル交差点内に進入した地点で停止したが、被控訴人西畑隆夫は衝突地点から東方約6.4メートルの地点に車とともに転倒した。以上のとおり認められる。<証拠説明略>

右認定の事実関係からすると、控訴人池田昭夫は、交通整理の行なわれていない交差点に入つて狭い南北道路から広い東西道路に右折西進しようとしたのであつて、その際は法令の定めに従い、広い東西道路を東進して右交差点に入ろうとする車両等があるときは、その広い東西道路にある車両等の進行を妨げてはならないのであるから(道路交通法三六条三項)、控訴人池田昭夫としては、南北道路から東西道路に右折西進するため本件交差点に進入するに際しては、広い東西道路を交差点に向つて東進してくる車両等があるかどうか、あればその車両の進行を妨げるかどうかを確めて交差点に進入すべき注意義務があると認められる。しかるに控訴人池田昭夫は、最初の停車位置で、東西道路を一群をなして東進する車の列が一たんとぎれた後も、なお東西道路の西方に注視を続けたならば、本件交差点に交わる東西道路は直線路であつて、特にその西方において何らの障害物もなく見透しが良かつたのであるから、被控訴人西畑隆夫の運転する原付自転車が交差点に向つて東進するのを十分発見できた筈であるのに、これを怠り、漫然本件交差点内に進入し、広い東西道路を東進して本件交差点に入ろうとした被控訴人西畑隆夫の運転する原付自転車の進行を妨げた過失により、本件事故が惹起したものといわざるをえない。もつとも、前記認定の本件事故当時における控訴人池田昭夫の運転する自動車と被控訴人西畑隆夫の運転する原付自転車との速度、両車の衝突位置、衝突後の前者の停車位置と後者の転倒位置等から判断すると、被控訴人西畑隆夫は、本件事故現場たる交差点に向つて東西道路を東進するに際し、十分に前方を注視していたならば、衝突位置より東西道路の西方二〇メートル前後の距離から、すくなくとも、控訴人池田昭夫が被控訴人西畑隆夫の原付自転車を発見した一〇メートルないし一二メートルの距離から、控訴人池田昭夫運転の自動車が南北道路から本件交差点に前進進入しつつあるのを認識し得たものと推測し得るから、もし、被控訴人西畑隆夫が本件事故当時これを認識していたとするならば、当時控訴人池田昭夫も衝突の危険を感じて急停車の措置をとつたのであるから、控訴人池田昭夫運転の自動車との衝突の危険を察知して、ただちに徐行、急停車等の措置をとり得た筈であり、かかる措置をとつたならば、本件事故たる衝突を回避し得たかも知れないのであつて、たとい衝突の危険がなくならないとしても、控訴人池田昭夫の運転する自動車は最初の停車位置から3.8メートル本件交差点内に進入して停車したのであるから、被控訴人西畑隆夫は、通常の自動車等の運転者の経験と技術をもつてすれば、容易にその前方を衝突を回避して前進し、交差点を通過し得たものと考えられる。ところが被控訴人西畑隆夫は、右のような措置をとつたとは認められないのであるから、同人は前方注視を怠つたか、そうでないとしても、右に述べたような適切な衝突回避の措置をとらなかつたことについて過失があつたといわなければならず、本件事故は被控訴人西畑隆夫の過失もその一因をなすものと認められる。しかしながら、本件事故は被控訴人西畑隆夫の右のような過失もその一因をなすものと認められるけれども、控訴人池田昭夫に前記認定のような過失が存することを何ら妨げるものではない。当事者双方は、たがいに本件事故は、もつぱら、相手側の過失に基因するものであつて、自己に過失の存するところはないと主張し、殊に控訴人ら代理人は、控訴人池田昭夫が道路交通法三五条により、あるいはいわゆる信頼の原則の適用により過失はないと主張するのであるが、本件事故の惹起するに至つた経過、その過失の存するところは右に認定したとおりであつて、これに反する当事者双方の主張はいずれも採用することができない。

三控訴会社が控訴人池田昭夫の運転する前記自動車を当時自己のために運行の用に供していたことは当事者間に争いがなく、右自動車の運行により被控訴人西畑隆夫の身体が害されたこと、および右自動車の運転者である控訴人池田昭夫にその運行に関し過失の存することは右に認定したとおりである。

四そこで本件事故により被控訴人らの蒙つた損害について判断する。

(一)  被控訴人西畑隆夫の財産的損害

(1)  逸失利益金二四万八、〇三〇円

(イ) <証拠略>によれば、被控訴人西畑隆夫は本件事故当時和光電気株式会社に勤務し、平均一ケ月金四万二、五二〇円の収入を得ていたが、本件事故により蒙つた受傷治療のため、昭和三八年五月一七日から同年一一月一〇日まで休業を余儀なくされたことが認められるから、右期間一ケ月金四万二、五二〇円の割合による得べかりし利益を喪失したわけであり、したがつて、すくなくとも合計金二四万八、〇三〇円の損害を蒙つていることが明らかである。(ロ)被控訴人ら代理人は、被控訴人西畑隆夫が本件事故当時前記和光電気株式会社に勤務し、経理事務を担当していたが、本件事故によつて受傷した頭蓋底骨骨折の後遺症により経理事務ができなくなつたため、右訴外会社を退職することを余儀なくされ、かつ、右後遺症により労働能力も減少し、現在月額金三万五、〇〇〇円の収入を得ているだけであつて、結局、本件事故当時前記訴外会社から得ていた収入月額金四万二、五〇〇円と比較すれば、月額金七、五〇〇円の得べかりし利益を喪失しているとして、昭和三八年一二月一日から昭和四〇年一二月三一日までと、昭和四一年一月一日から残存労働可能年数二八年間の月額金七、五〇〇円の割合による得べかりし利益合計金一七〇万七、〇四〇円の損害を蒙つたと主張する。しかし、被控訴人西畑隆夫が本件事故により頭蓋底骨骨折の傷害を受け、その後遺状態として左側難聴および左側顔面神経末梢性不全麻痺の存在が認められることは既に認定したとおりであるが、本件全証拠によつても、被控訴人西畑隆夫が右後遺状態により経理事務ができなくなつたため、本件事故当時勤務していた和光電気株式会社を退職するのやむなきに至つたものとは認められず、さらには、右後遺状態によつていかなる程度の労働能力の減少が生じたかどうか、また、何らかの労働能力の減少があつたとしても、それが終生継続するものかどうか、月額金七、五〇〇円の収入減との間にいかなる因果関係が存するかどうか等について、本件全証拠を仔細に検討しても、これを的確に把握することはできないのである。かえつて、<証拠略>を総合すれば、被控訴人西畑隆夫は、本件事故当時和光電気株式会社に勤務し、その仕入業務に従事して平均月収金四万二、五二〇円を得ていたが、右訴外会社から被控訴人西畑隆夫に対し、勤務成績や本件事故後における労働能力等について、何らの不満も述べられたことはなく、明示的にも黙示的にも退職を要求したり、あるいは退職を期待するが如き態度さえも全くなかつたにもかかわらず、昭和三八年一一月一〇日、当時右訴外会社の代表取締役下浦隆雄が被控訴人西畑隆夫のため本件事故によつて同被控訴人の蒙つた損害賠償について、控訴会社との間で進めていた示談交渉の態度が不満であるとして、右訴外会社を突然任意退職したものであること、被控訴人西畑隆夫はその後間もなく訴外訴外山下鉄工所に勤務して経理事務を担当したほか、メリヤス加工に従事したり、熔接工として工場に勤務するなどして転々と職を変え、その間およそ月額金三万五、〇〇〇円から金四万円程度の収入を得ているが、和光電気株式会社に勤務していた当時と比較すると、多少の減収が認められるけれども、それは後者が相当長期にわたつて継続して勤務していたものに対し、前者は新規採用であること、年齢の関係から希望職種(経験のある事務関係)を選択することが困難であること等の事情によるものであり、もつぱら被控訴人西畑隆夫が合理的とは思われない理由で前記訴外会社を退職したことに起因するものであつて、被控訴人西畑隆夫の前記認定のような後遺状態が解消せず、現在においても頭痛、疲労感、記憶力の減退等を訴えており、これが労働能力に何らかの影響がないとはいえないが、このような事情が前記のような収入減少を招いたものとはいえないこと、以上のとおり認めることができるのである。したがつて、被控訴人西畑隆夫の逸失利益金一七〇万七、〇四〇円の損害賠償請求は到底是認することはできない。なお、被控訴人ら代理人は、右金一七〇万七、〇四〇円の逸失利益による損害賠償が是認されないときは、右と同一額を慰藉料として請求すると主張するのであるが、被控訴人西畑隆夫の慰藉料額は後記認定のとおり認めるのが相当であつて、これとは別個に、またはこれを超過して右金一七〇万七、〇四〇円と同一額の慰藉料を認容することはできない。

(2)  治療費金二万三、四〇九円

被控訴人西畑隆夫は、本件事故によつて負つた受傷について、事故当日である昭和三八年五月一七日から同年八月三〇日までは手島病院において入院治療を受け、ついで同年九月四日から同年一一月一八日まで大阪赤十字病院において診療を受け、その間同年九月一一日から同月二〇日まで同病院に入院して諸検査を受けた結果、頭蓋底骨骨折の後遺状態として左側難聴および左側顔面神経末梢性不全麻痺が認められたのであるが、診療は一応終了したものと扱われたことは既に認定したとおりである。ところが、<証拠略>によれば、被控訴人西畑隆夫はその後も頭痛、疲労感、記憶力の減退等を訴え、昭和四〇年二月一二日、大阪大学医学部附属病院において診療を受け、被控訴人ら代理人主張の治療費、治療器一覧表1、2記載のとおり治療費を支出し、さらに同年二月一九日、大阪赤十字病院の脳神経外科、耳鼻科、放射線科において、ついで同月二三日、同院眼科において、それぞれ診察治療を受け、右一覧表3ないし10記載のとおり治療費等を支出し、同日、同病院において前記後遺状態については今後特別の治療を要しないものと診断されたのであるが、なおも頭痛、疲労感等が解消しないところから、同年八月一八日から同年一一月一三日まで右一覧表11ないし16記載のとおり薬品(アリナミン、コントール等の薬品で大阪赤十字病院脳神経外科で投薬を受けていたもの)を購入して治療に使用したほか、大阪赤十字病院耳鼻科の医師に後遺状態の一つである左側難聴を訴えたところ、補聴器の使用を許可されたので、同年二月二〇日、右一覧表17記載のとおりの費用を支出して補聴器を購入して使用したことを認めることができ、右設定を左右するにたりる証拠はない。右認定事実によれば、被控訴人西畑隆夫は、昭和三八年一一月一八日大阪赤十字病院において診療は一応終了したものと扱われ、さらに昭和四〇年二月二三日前記後遺状態について今後特別の治療を要しないものと診断されたのであるけれども、前記後遺状態は治癒せず、そのため頭痛、疲労感等を訴えて右認定のような治療費等の支出を余儀なくされたのであるから、その一部に厳密には医学的治療効果を期待し得ないものがあつても、本件事故と相当因果関係にたつ損害額と認めるのが相当である。

(3)  過失相殺

被控訴人西畑隆夫は本件事故により前記(1)逸失利益金二四万八、〇三〇円および前記(2)治療費金二万三、四〇九円合計金二七万一、四三九円の損害を蒙つているわけであるが、本件事故は既に認定したように被控訴人西畑隆夫の過失もその一因をなしているものであるから、右損害額について被控訴人西畑隆夫の過失を参酌するときは、その五分の二を控除するのが相当である。すなわち、控訴人らの賠償すべき被控訴人西畑隆夫の損害額は(1)逸失利益金二四万八、〇三〇円および(2)治療費金二万三、四〇九円合計金二七万一、四三九円から五分の二を差引いた(1)逸失利益金一四万八、八一八円および治療費金一万四、〇四六円合計金一六万二、八六四円である。

(4)  弁護士費用金一五万六、九八六円

被控訴人西畑隆夫が本件事故による損害賠償を請求するため、昭和三八年一二月五日、弁護士山本寅之助および同芝康司に訴訟代理を委任し、同弁護士らが被控訴人西畑隆夫の訴訟代理人として昭和三九年一月二〇日大阪地方裁判所に本件訴訟を提起し、以来本件訴訟を追行してきたこと、第一審における被控訴人西畑隆夫の請求金額は一〇四万八、〇三〇円(逸失利益金二四万八、〇三〇円、慰藉料金八〇万円)であつたが、当審において金四五二万八、四七九円(逸失利益金一九五万五、〇七〇円、慰藉料金二〇〇万円、治療費金二万三、四〇九円、弁護士費用金五五万円)に拡張したことは本件訴訟の経過に徴して明らかである。そして、<証拠略>によれば、控訴人池田昭夫は本件事故後大阪浪速警察署、大阪区検察庁において取調べを受けたが、本件事故について自己に過失の責任があることを認め、昭和三八年一〇月九日、大阪区検察庁により業務上過失傷害罪で起訴せられ、その頃大阪簡易裁判所において略式命令により罰金刑に処せられたのであるが、その間本件事故当時被控訴人西畑隆夫の勤務していた訴外和光電気株式会社の代表取締役下浦隆雄が被控訴人西畑隆夫のため、本件事故によつて蒙つた損害賠償について、控訴人池田昭夫の勤務する控訴会社との間で示談の交渉をなしたところ、控訴会社より、示談成立までの被控訴人西畑隆夫の治療費は控訴会社が負担し、控訴会社は被控訴人西畑隆夫に対し、慰藉料金五万円、休業補償金七万二、〇〇〇円を支払う、示談成立後の治療費、傷害補償は労災保険で填補するという示談の内容が呈示されたこと、しかし、被控訴人西畑隆夫は呈示された右示談内容が不満であつたのでこれを拒否し、その後間もなく右訴外会社を退職した後、前記のように弁護士山本寅之助、同芝康司に本件訴訟を委任したこと、以上のとおり認められる。以上の認定事実に本件訴訟の経過を合せて考えると、本件訴訟は被控訴人西畑隆夫が自からこれを追行するのは、その訴訟技術的性格から考えても困難であつて、弁護士を選任してこれを行なうのでなければ、容易にその目的を達し得ないものと認められるから、後記認定のとおり、被控訴人西畑隆夫が弁護士山本寅之助に対して負担するに至つた着手金および謝礼金債務のうち金一五万六、九八六円は本件交通事故と相当因果関係の範囲にある損害賠償額として是認すべきである。すなわち、<証拠略>によれば、被控訴人西畑隆夫は弁護士山本寅之助との間において、昭和四一年一月一〇日、本件訴訟について、その請求金額を金四一二万八、四七九円として着手金は金一五万円、謝礼金は被控訴人西畑隆夫の得た金額の一〇〇分の一〇とする旨の弁護士費用契約を締結し、同日右着手金のうち金三万円を支払つたことが認められるが(もつとも、被控訴人西畑隆夫と弁護士芝康司との間に弁護士費用契約を締結したことを認め得る証拠はない)、本件訴訟の難易の程度、訴訟物の価格、その認容額、当裁判所に顕著な大阪弁護士会報酬規定の内容、その他前記認定の弁護士費用契約における報酬の合意の割合等を彼此検討するときは、被控訴人西畑隆夫が弁護士山本寅之助に対して負担した前記弁護士費用契約に基づく着手金および謝礼金債務のうち、前記(2)認定の被控訴人西畑隆夫の逸失利益金二四万八、〇三〇円、治療費金二万三、四〇九円合計金二七万一、四三九円の損害額から過失相殺として五分の二を控除した金一六万二、八六四円、後記二(イ)認定の慰藉料金一〇〇万円、以上合計金一一六万二、八六四円に対する一割三分五厘の割合による金一五万六、九八六円(円位未満切り捨て)をもつて、本件事故と相当因果関係の範囲内にある損害賠償額と認めるのが相当である。

(二)  被控訴人らの精神的損害

(1)  被控訴人西畑隆夫の慰藉料金一〇〇万円

被控訴人西畑隆夫が本件事故当時和光電気株式会社に勤務し、平均月収金四万二、五二〇円を得ていたが、本件事故によつて頭蓋底骨骨折等の傷害を受け、ただちに手島病院に入院し、昭和三八年五月一七日から同年八月三〇日まで同病院において入院治療を受け、ついで同年九月四日から同年一一月一八日まで大阪赤十字病院において診療を受け、その間同年九月一一日から同月二〇日まで同病院に入院して諸検査を受けた結果、頭蓋底骨骨折等の傷害は治癒したけれども、頭蓋骨骨折の後遺状態として左側難聴および左側顔面神経末梢性不全麻痺が認められ、右後遺状態は特別の治療を要しないものとされているものの、いまなお頭痛、疲労感、記憶力の減退等を訴えていること、被控訴人西畑隆夫が前記和光電気株式会社を本件事故後合理的とは思われない理由で任意退職したものであるけれども、その後右後遺状態等のため訴外山下鉄工所に勤務して経理事務を担当したほか、メリヤス加工に従事したり、熔接工として工場に勤務するなどして、転々と職場を変え、その間およそ月額金三万五、〇〇〇円から金四万円程度の収入を得ていること、以上のような被控訴人西畑隆夫の本件事故による傷害の部位、程度、その後の経過事情等の諸点は既に認定したとおりである。そして、<証拠略>によつて認められる被控訴人西畑隆夫の年齢、経歴、家族構成等を参酌するほか、本件事故の態様、殊に本件事故が被控訴人西畑隆夫の過失もその一因をなしていること、ならびに<証拠略>によつて認められる控訴人らの本件事故後の措置、殊に示談交渉における控訴会社の態度等諸般の事情を検討するときは、被控訴人西畑隆夫の本件事故による精神的苦痛は金一〇〇万円をもつて慰藉され得るものと認めるのが相当である。

(2)  被控訴人西畑玲子の慰藉料

民法七一一条所定の近親者は、被害者の負傷により被害者が生命を害された場合にも比肩すべき、または右場合に比して著しく劣らない程度の精神上の苦痛を受けたときにかぎり、自己の権利として慰藉料を請求できるものと解すべきである(最高裁昭和三三年八月五日、同昭和三九年一月二四日、同昭和四二年一月三一日、同昭和四二年六月一日各判決参照)。既に認定したところによれば、妻である被控訴人西畑玲子は、本件事故によつて蒙つた夫である被控訴人西畑隆夫の負傷について、右に述べたような自己の権利として慰藉料を請求できる程度の精神上の苦痛を受けたものとは到底認め難い。したがつて、被控訴人西畑玲子の慰藉料の請求は認容できない。原審における被控訴人西畑玲子本人尋問の結果によれば、被控訴人西畑玲子は、本件事故当時妊娠九ケ月の身重であつて、夫である被控訴人西畑隆夫の本件事故による負傷によつて、大きな衝撃を受け、予定より早く子を分娩し(ただし、異常分娩ではない)、母乳も出なかつたというようなこともあつたことが認められるが、このような事実が右の結論に影響を与えるものではない。

五そうすると、被控訴人西畑隆夫の本訴請求中、控訴人らに対し、各自財産的損害として(一)(1)逸失利益金一四万八、八一八円および(2)治療費金一万四、〇四六円合計金一六万二、八六四円、(二)弁護士費用金一五万六、九八六円、精神的損害(慰藉料)として金一〇〇万円、以上合計金一三一万九、八五〇円およびうち金九四万八、八一八円(逸失利益金一四万八、八一八円、慰藉料金八〇万円)に対する昭和三九年二月七日以降、うち金三七万一、〇三二円(治療費金一万四、〇四六円、弁護士費用金一五万六、九八六円、慰藉料金二〇万円)に対する昭和四一年二月三日以降完済まで、それぞれ年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分は正当として認容すべきであるが、これを超過する部分は失当として棄却すべきであり、被控訴人西畑玲子の本訴請求は失当として棄却すべきである。すなわち、控訴人らに対し、それぞれ、被控訴人西畑隆夫に対しては、金七四万八、〇三〇円(逸失利益金二四万八、〇三〇円、慰藉料金五〇万円)およびこれに対する昭和三九年二月七日以降完済まで年五分の割合による金員の支払いを命じ、被控訴人西畑玲子に対しては、金一五万円(慰藉料)およびこれに対する昭和三九年一〇月二一日以降完済まで年五分の割合による金員の支払いを命じた原判決は、被控訴人西畑隆夫に対する関係では一部相当一部で不当であり、被控訴人西畑玲子に対する関係では全部不当である。そして、被控訴人西畑隆夫が附帯控訴として、控訴人らに対し、各自慰藉料金三〇万円とこれに対する昭和三九年二月七日以降完済まで年五分の割合による金員の支払いを求めた部分は全部理由があり、同被控訴人が当審において新たに拡張した請求部分は、控訴人らに対し、各自金三七万一、〇三二円(治療費金一万四、〇四六円、弁護士費用金一五万六、九八六円、慰藉料金二〇万円)およびこれに対する昭和四一年二月三日以降完済まで年五分の割合による金員の支払いを求める部分は正当であるが、これを超過する部分は失当として棄却すべきである。

よつて、被控訴人西畑隆夫に対する関係においては、民訴法三八四条一項、三八六条を適用して控訴人らの本件控訴、被控訴人西畑隆夫の本件附帯控訴および被控訴人西畑隆夫が当審で新たに拡張した請求に基づき、原判決を主文第一項のとおり変更すべく、被控訴人西畑玲子に対する関係においては、民訴法三八六条を適用して主文第二項のとおり原判決を取り消し、同被控訴人の請求を棄却すべきものとし、訴訟費用の負担について、民訴法九六条、九二条、九三条一項但し書、八九条、仮執行の宣言について、同法一九六条一項を適用して主文のとおり判決する。(中島一郎 野間礼二 阪井昱朗)

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